社会保険事務所で年金記録の入力作業のアルバイトを
経験した45歳の男性は、
「自分のせいではないかと、不安で仕方がない」
と、打ち明けた。
男性は20年以上前の学生時代、社会保険事務所で
個人のデータをコンピューターに入力するために
書き写す重要な作業のアルバイトを経験した。
〇あるアルバイト学生の体験
都内の社会保険事務所の一室に、8人ほどのアルバイト
仲間が座っていた。ほとんどが大学生だ。
30代か40代とみられる主婦も1人いた。
「みなさんはこれから重要なデータを扱います。
くれぐれも外部に漏らさないよう、お願いします。
分からないことがあったら何でも聞いてください」
職員から求められた誓約書に印鑑を押した。
机に山積みされた記録を1件1件用紙に書き記した。
報酬額、年金番号、名前、住所、誕生日……。
10件ほど続けると、細かな字で目が疲れた。
漢字をカタカナに変換するため、何度か名前の読みを
職員に確認した。職員は面倒くさそうに「思い当たるのを
書いておいて。多少違っても、年金番号で一致するから」
と言った。
当時、「穐」という字が「あき」と読めなかった。
「穐澤」という名前に「カメザワ」と記したことが
今でも忘れられない。
日給は交通費別で6、7千円。
職員から「できるだけ頑張ってください」と言われただけで、
処理件数のノルマもなかった。
「いいねえ学生は。責任ないもんね」
そう言われたこともあった。
土日を除く約4週間のアルバイトで20万円近く稼いだ。
「自分のやってきたことが年金受給者に影響を与えていた
気がしてならない」と男性は言う。
〇職員のずさんな仕事ぶり
当時を知る社会保険庁の職員も、アルバイトを使った
ずさんな入力作業を認めている。
厚生年金の記録は月給とほぼ同額の「標準報酬月額」
という形で残されている。その額は毎年、夏前に決まり、
大きな変動がなければ1年間変わらない。
85年以降にオンライン化されるが、その前は、夏になると
大量の記録を整理するため、事務所によって5〜10人の
アルバイト学生が集められた。
作業は、会社から送られた社員の報酬額などの記録を
個人単位の用紙に書き写すこと。
そして手作業による事務処理が、ほぼ1カ月間行われた。
書き写された用紙は各事務所から社保庁に集められ、
コンピューターに入力された。性別の違いや前回の記録との
重複などをコンピューターで確認。不都合があった場合には
「事故記録」として元の事務所に戻った。
事務所には毎年、事故記録のリストが束状になって戻されてきた。
だが、確認作業に時間がかかることから、処理されないまま
放置されることもあったという。
これらが、5千万件にのぼる「宙に浮いた」記録の一部に
なっている可能性もある。
「元資料と照合しないので、年金額に直結する標準報酬月額が
正しいかどうかは分からない。年金番号を間違えていたら、
記録が空白になる可能性もあった。今から考えるとずさんだが、
当時は結果まで考えていなかった」。職員はこう反省している。
2007年6月18日